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ナスルーラ系

■ 特徴


■ 解説

 第2次世界大戦後、サラブレッドの血統に一大革命をもたらしたネアルコは、数多くの優秀な後継種牡馬を残したが、
 そのなかで最も成功したのが1940年にアイルランドで生まれたナスルーラだった。

 抜群の仕上がりで2歳6月にデビュー。続くイギリス伝統の2歳重賞コヴェントリーSを大楽勝で初勝利を飾り、素質の高さを強烈に印象づけた。
 しかし、気性難で成績が安定せず、本命に推された英2000ギニーは着外。
 英ダービーは3着とまずまずだったが、英セントレジャーではまたも気の悪さをさらけ出して着外に沈み、クラシックは無冠に終わった。
 1944年に種牡馬入りすると、気の悪さはさらにひどくなって凶暴な馬と化し、世話する人間を次々と襲った。
 だが、この激しい気性が子孫には優れた闘争心に転じ、抜群のスピード、瞬発力、勝負根性、仕上がりを誇るサイヤーラインとして繁栄していった。

 イギリス伝統の長距離競馬から脱却し、2歳戦と短距離戦に力を入れようとするアメリカにとって、ナスルーラほどおあつらえ向きの血統はなかったし、
 ナスルーラにとってもこれほど成功へのお膳立てはなかったといえる。ナスルーラは米リーディングサイヤーに5回輝いたが、
 後継種牡馬のボールドルーラーはそれ以上の8回も輝く素晴らしさで、1960〜70年代のアメリカにおいては他を圧倒していた。
 またナスルーラは英リーディングサイヤーにも輝き、単にアメリカだけの血統ではないことを示した。
 さらに後継種牡馬もグレイソヴリン、レッドゴッド、プリンスリーギフト、ネヴァーセイダイらが相次いで成功。
 これにアメリカのボールドルーラー、ネヴァーベンドを加えた6系統を軸に世界的に繁栄していった。

 初期におけるナスルーラ系はスピード血脈でスタミナが課題だったが、配合牝馬からスタミナが注入されて、徐々に適距離を延ばしていった。
 その過程からミルリーフ系、ブラッシンググルーム系、ゼダーン系のようなステイヤー血脈が誕生している。
 長距離競馬に「スピードがスタミナを制する」逆転現象を引き起こしたのも、これら3系統を中心としたナスルーラの血を引く子孫たちである。

 日本もナスルーラ系の影響を強く受け、テスコボーイに代表されるプリンスリーギフト系が、1970〜80年代において全盛を誇った。
 テスコボーイの血はトウショウボーイ、次いでサクラユタカオー、サクラバクシンオーの父子が引き継ぎ、貴重な内国産父系を築き上げている。


 70年代、そしてアメリカの競馬はナスルーラの時代だったといっても過言ではなかった。
 この系統の特徴は、どのラインも平均的なペースで走れる展開・距離に強いこと。
 つまり、「典型的なスピード持続型血統」。距離適性は系統によってまちまちだが、この特徴は変わらない。

 トニービンだけが、なぜ例外的に強靭な瞬発力を有するのかはわからないが、
 トニービンとて瞬間的にトップギアに入れるだけでなく、その脚を持続する能力も備えている。
 それが種牡馬としての大成功につながった。


■ 小系統